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コラム「続・鳴小小一碗茶」report

2014年7月15日

「りつ(さんずいに栗)陽」と「碧螺春」

――今年の新茶。わくわくするお茶に出会った

サロン風景の写真「りつ陽」。地名である。
といわれても、中国のどこにあるのか、よほどこのあたりに関係でもある人でないと、わからないだろう。私も、わからなかった一人である。

 今年、新茶で出会ったお茶の産地である。
おいしかった。

 20年近く前、「碧螺春」の作られているところを訪ねた。江蘇省蘇州まで行き、そのまま車を走らせて、太湖にある陸続きの本当に小さな島、「東洞庭山」の茶農家を訪ねた。
「どこに茶木が植わっているか、下から見たらわからないのが特徴」、と説明された。
 アイランド型キッチンのようなカマド。発酵をとめる「刹青」から「乾燥」までをやる中華鍋を大きくしたものを挟んで、両方から薪を入れられる口があった。
 二人一組になって、一人が片側から薪を入れながら温度管理をし、もう一人が釜で、茶葉を仕上げていく。

「うぶ毛が、碧螺春の命」と言って、うぶ毛が飛ばないように、扇風機の向きを変えて、飲ませてくれた「碧螺春」の味は、最上のものだった。
 じつは、それ以来、その味、香りを超える碧螺春に会ったことがない。

「これはおいしい」とか、7〜8年前からは「西山(西洞庭山)の方がおいしい」とか、いろいろ言われながら、あの時の味、香りに再会できることを楽しみにして毎年飲むのだが、毎年振られている。
 じつに18回も振られてことになる。

 この頃は、もう諦めている。
「あの頃は、よかった」と、いくら年寄が言っても、あの味、香りは再現、体験できないのだから、人にも伝えることができない。

 今年、5月に上海で、「碧螺春」と印刷された小さな缶入りのお茶をもらった。
 最上の銘茶を指す「洞庭碧螺春」とか、「東山碧螺春」とか「西山碧螺春」とか書かれていない。ただ「碧螺春」だけである。
 期待はしなかった。「碧螺春」の下には、メーカーの所在を現す「りつ陽」の文字が見えた。
「りつ陽」は、書籍を作る時などに、「銘茶事典」の中で、茶産地の地名として何度か見ている。が、とくに著名な銘茶の産地でもないので、細かな場所も調べていなかった。

 帰国して、しばらく放っておいた。そして、何となく飲む気になって、飲んでみて驚いた。
 あの20年前の、「茶農家の碧螺春」まではいかないが、毎年、累積18回振られたお茶よりは、もっとも20年前のお茶に近く思えた。

 地図を出してみた。江蘇省の大きな湖「太湖」の西岸に、茶壺でなじみの深い「宜興」がある。そこから西にしばらく行ったところだ。
 拙著『中国茶事典』を出してみて、江蘇省の産地別リストを見た。
「沙河桂茗」「水西翠柏」「前峰雪蓮」「太湖白雲」「長安壽眉」「南山壽眉」と、りつ陽産のお茶が並ぶ。けっこうなお茶の生産地である。
 一つだけ飲んだことがあるお茶があった。「水西翠柏」である。おいしかった記憶はあるが、それ以上の記憶は残っていない。

「碧螺春」は、太湖の南「呉江」を中心に作られる。「洞庭碧螺春」として、「西湖龍井」と並ぶ、中国緑茶を代表するお茶である。

 同じく20年弱前、浙江省の天台山近くの新昌で、「新昌龍井」が「大佛龍井」と名前を変え、大々的にプロモーションを始めた時、「西湖龍井」に負けないおいしいお茶だと、感じた時のことを思い出した。

 この「りつ陽」の「碧螺春」。この名前でいつ頃から作られたのかもわからない。来年春、おいしいこのお茶を目指して、「りつ陽」に行ってみたい気持ちになった。
 20年前の、感動の「東山碧螺春」の再来を夢見て。

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