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コラム「続・鳴小小一碗茶」report

2013年8月15日

「英徳紅茶」と一言でいうけれど……

――その中の何種類もの味、香りはますます多様化する

中国茶の写真 このところ、銘茶などのお茶を説明することが、とても難しくなってきている。
 どんなところが難しいか、というと、同じ茶名のお茶の中で、使う茶種、摘み方、製茶の仕方などが多様化してきて、すっきり一つの説明で、そのお茶全体を説明することができなくなっている。
 たとえば、先日行った英徳の紅茶も、そうである。

 2000年に出した『中国茶図鑑』(文春新書)を書いている頃は、簡単にいってしまえば、「英徳紅茶」を例にとって説明すると、以下のような感じになる。

 「英徳紅茶」は、紅茶生産に向いている華南地方の茶種、風土・気候を生かした、おいしい紅茶である。大葉種を中心に、製茶されるが、中国紅茶の一般的な傾向と同じく、わりに渋みも少なく、水色も透明度のある紅色で、飲んだあとに甘さが残る。

 といった感じだが、これでは今の英徳紅茶の全容は説明できない。行ってみて、説明を聞いて、やっと理解できるほど、英徳紅茶の中でも多様化が進んでいる。
 一つには、使う品種の多様化である。

 英徳紅茶は、1980年代からさかんに品種改良が行なわれている。現在の主力品種「英紅9号」も、1988年に認定されたものである。雲南大葉種とのかけ合わせで、作られた品種である。その時代、色々な品種改良が行なわれた。鳳凰単そう(きへんに叢)で使われる、鳳凰水仙種とかけ合わせたものや、今進行中なのは、台湾の金萱種とのかけ合わせである。

 当然ながら、それら品種によって作られたお茶は、それぞれ味、香りを比べれば、確実に違う。ある範囲内での違いなら、まだ括って説明もできるが、残る甘さの質の違いなどがかなりの違いになるように思える。
 ブラインドでテイスティングしたら、おのおのまったく別の紅茶である。

 そうなると、「英徳紅茶」をひとくくりで説明することは、とても難しくなる。 実際に説明する場合、全ての現地に行って説明を聞き、何種類も、比べて飲み説明することをしないと正確ではないが、実際は、入手した代表的一種類を飲んで、それを英徳紅茶として説明することになる。

 そして、売っているお茶屋さんも、同じようなことも多い。扱っている英徳紅茶も、何種類も扱うことはなく、せいぜい一種類である。それが、「英徳紅茶」全体となって売られることになる。

 品種の多様化だけではない。作りの多様化も進んでいる。
 同じく英徳紅茶を例にとると、英徳紅茶は「金毫」といわれる芽の部分を摘んで、紅茶にするお茶は、わりに古くから作っていたと説明される。確かに、金毫が入ったお茶を以前から見たことはあるが、最近の「金駿眉」(「正山小種」の作られる福建省桐木で作られ、驚くほどの高価格で売られ、ヒットした)に続けとばかりに、今では「金毫」も何種類も作られて、売られている。

 その上、英徳紅茶に使われる品種を使って、餅茶が作られ始めている。「熟茶」と「生茶」が作られているので、正確には「緑茶」と「黒茶」が作られているといえる。

 これほどの多様化の中で、英徳紅茶を限られた字数、スペースの中で説明できるといえば、たまたまある程度を体験したり、説明をしっかり受けていれば別だが、実際は不可能に近い。

 このことは、中国紅茶の世界だけではなく、緑茶をはじめとして、中国茶のほとんどのお茶、産地で進んでいるといってよい。経済成長の中で、消費者の嗜好の変化、多様化、それに合わせようとする生産サイド、流通サイドの生産努力。それがもたらす現象である。

 茶藝、お茶のいれ方を教えるとき、最初、とくに経験者に対して、コツの一つとして教えるのは、「茶名でお茶をいれるな!」ということがある。15年来、今も言い続けている。

 お茶の味、香りは、同じお茶名であっても、作り手、作り方、そのお茶の置かれていた状況、いれる器の形・質など数え切れない要素によって、全然違うお茶としてはいるからである。
 ますますその考え方が、お茶をいれる場合には正しい考え方になってきたといえる。

 一方、お茶を買う側からすると、そんな環境下、何を手がかりにお茶を買えばよいのか。
「茶名ではなく」、自分に合う作り手の作るお茶を手に入れることが、究極の入手法であるということになる。が、一般的には皆ができることではなく、無理である。

 だとすると、飲んでみて「おいしい」と感じたお茶の、茶名と値段を記憶して、それが売られていたお茶屋さんで、毎シーズン買い続けることである。
 私たちが、おいしいと感じたワインや日本酒を買い続ける時と同じように。

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